メガネの頃、39歳 渡辺医院修業時代、内蒙古の留学生と

38歳で柔道整復師を目指し、上京し東京柔道整復専門学校に入学しました。
夜間学校で、働きながらの通学のため、日中は渡辺医院で研修しました。
福岡で断食療法を体験し、そして西医学を知り、西式健康法を用いた
整骨院を開業するのが目標でした。
上京してすぐ渡辺医院を見学し、ここ以外に研修するところはないと確信しました。
早速渡辺正院長先生に、働かせてくださいとお願いしました。
しかし、NOの返事でした。この時の心境は何度断られても、YESの返事を
もらうまではお願いすると決めていました。
西式の整骨院を始めるのに、渡辺医院で研修しないでどこでするのかという気持ちでした。
渡辺医院は西医学で、もろもろの病気を治療する医院で、薬や手術は用いません。
大阪の甲田光雄先生と共に、西の甲田、東の渡辺と評判でした。
7,8回目のお願いの後、渡辺先生から電話があり、許可が出ました。
このころは必死で勉強、仕事する覚悟でしたから、情熱、パッションで
壁は取り除いていく気持ちでした。若者が断られて、あきらめるのを見て
情熱、熱意があれば、解決できるとアドバイスしています。
渡辺医院で研修しているとき、内蒙古から西医学研修のため4名の
留学生が来日しました。この写真は西式で治療をしていた市川の
太田接骨院の太田崇先生が留学生歓迎の宴を開いていただいた時の写真です。
渡辺医院では患者さんに出す食事が職員にも提供され、朝飯抜きの
2食で、生野菜ジュース(青汁)、玄米食でした。
熊本から単身で生活し、両親や家族が病気にならないかと心配しましたが、
渡辺医院のおかげで上京前より健康で帰郷できました。
写真は健康状態をよく表しています。

山田式視力回復法

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