27歳でメガネをかけ始めて、30歳でサラリーマンをやめました。
熊本に帰り、いろいろあった後、父がこれからはモノを売る時代ではない、
文化、ソフトを売る時代だと、囲碁教室をしていたのを、引き継ぐことになりました。
囲碁教室、囲碁クラブ、碁盤店として、定石という名称で始めました。
サラリーマン時代とは違い、スマートになっています。
この囲碁教室から女子高生が日本一になっています。
また、久保秀夫君が小学3年の頃から通い、今は日本棋院のプロ棋士になっています。
しかし、囲碁の仕事では将来の展望が開けず、人生で一番苦しい時代でした。
たまに外に飲みに行って、日ごろのたまっているうっぷんを晴らすかのように、けんかをふっかけていました。幸い誰もけんかを買ってくれなくて無事ですみました。